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リサイクルショップ店員のシンプルライフ

捨てのプロ リサイクルショップ店員のモノとの付き合い方

憧れる「捨てのK点越え」

一人暮らしの生活

こんにちは。

 

ゆるりまいさんのコミックエッセイ「わたしのウチには、なんにもない。」を読みました。

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「なんにもないぶろぐ」で人気を博し、このコミックエッセイはシリーズ化されたり、ドラマ化されたり、雑誌の特集もたくさん見かける大人気のミニマリストの代表的存在です。

 

 

帯のなんにもない部屋写真の衝撃だけで一気に興味を引き立てられました。

この本の中で特に面白かったのが「捨てのK点越え」。

「捨てのK点越え」とは、もう捨てるものがないと思っていても、発想の転換によって今まで捨てられなかったものが捨てられることだそうです。

 

 

振り返ってみると僕も「捨てのK点越え」を経験していました。

 

①テレビ

僕は映画やバラエティ番組を観るのが大好きです。

しかし、気づけばCMや興味のない番組までだらだらと観てしまいます。

その時間がもったいないと思ってテレビをリサイクルショップに売りました。

さすがにテレビがないと情報が遅れてしまって、生きていくのに苦労すると思っていましたが、今はネットで情報が手に入るのでそんなことはほとんどなく普通に生活ができました。

 

 

②本棚

僕は本を読むのも割と好きです。

以前はハイタイプの本棚にぎっちり本を収納していました。

しかし、収納されている本を見てみると、正直不要だと思う本がほとんど。

・一度読んだ本(もう一度読むことはほとんどない)

・長いこと読んでいない本(買った時と興味が変わっている、レベルが合っていない、内容が自分の環境と違いすぎる)

・知識・見栄の誇示をしたいだけの本(こんな本読んでるんだ、すごいと思われたい、がために残してある)

・コレクション欲だけにとってある本(特に漫画は揃えたくなる)

などなど。

 

 

上記のような不要な本を近所のブックオフでまとめて売りました。

買ったときの金額と比べれば買取金額は本当にわずかなものですが、おかげで本棚はすっきり。本棚の半分以上は不要な本で占められていました。

さらに整理を進め、必要な本や書類だけを残したら本棚は不要なものとなり、こちらもリサイクルショップに売りに行きました。

 

 

 

次なる「捨てのK点越え」を模索中です。

 

 

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